道化師が描く、愛ある官能小説 >> 人妻官能小説 家庭内盗撮の妄想 

2006年11月21日

官能小説作品を位置づける方針の素案

 官能小説は、「××モノ」といった言い方をよくされます。Wikipedia の「性的嗜好」に詳しく分類・解説されていますが、官能小説ではこの性的嗜好ごとに、サブジャンルが確立しています。
 それは、例えば性対象の属性やシチュエーションの違いなのですが、ジャンル同士の組み合わせも考えると膨大な数になります。
 
 この部分については、既に様々な角度から分析・体系化されているので、ここでは詳しくは述べません。このジャンル分けに沿って、読者の好みが分かれると思われがちですが、その他にもいくつか重要な軸があると、私は考えます。
 
 その軸の一つが、登場人物に幅広い感情を求めるか否か。ややわかりにくい表現ですが、責める側のキャラに「欲情」「悦び」「満足」以外の感情を求めるか。そして、受ける側のキャラに「悦び」「悲しみ」「怯え」「絶望感」「諦め」「憎しみ」以外の感情を求めるか、についてです。
 
 官能小説は、なぜ類型的になるのか? と関連するのですが、複雑な感情の絡み合いなどを描かない方が萌える、ヌきやすいというのはありそうです。つまり、濡れ場・エッチシーンがあればいいという考え方。これも、1か0かではなく、どの程度が好みかだと思いますが。
 
 これと近いけども、必ずしも一致しない軸が、その文章でマスターベーションするか、しないか。つまり、「おかずになる」ことが要件か、「もよおす」だけで良いのか。もちろん、もよおす方が劣っているとかではありません。書き手が何を狙っているか、読み手が何を求めているか次第だと思います。
 
 そして、一つ目の選択肢で広い感情を求めた場合、責める側、襲う側に愛を必要とするか、そうでないか。ストーリー自体の性質にもよるのですが、一般的に女性は愛を求め、男性は求めない傾向があるように感じます。正確には、求める愛の質が違うのかも知れませんが。
 
 四つ目が、求めるリアリティの質。ここはまだ整理がついていないのですが、本当にあった事でないと興奮しないか、少なくとも事実だと装ってくれないと萎えるという人もいるでしょう。一方で明らかなフィクションでも興奮するという人も、フィクションでなければ興奮しないという人もいる筈。
 
 三番目の軸以外は、やや乱暴ですが、小説として楽しみたいのか、官能文書として楽しみたいかの違い、と括ってもいいかも知れません。
 
 ともかく「○○モノが好き」という嗜好だけでは、正確な位置づけはできないと感じます。まだまだ、私が気づいていない成分はありそうですが、闇雲に次元を増やすというのではなく、各軸の独立・従属を見極め、体系づけることができないだろうかと考えています。
posted by 官能小説書きの道化師 at 19:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 官能小説について考える
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