道化師が描く、愛ある官能小説 >> 人妻官能小説 家庭内盗撮の妄想 

2006年08月25日

官能小説と恋愛小説の関係

 全員ではないでしょうが、恋愛小説の書き手の方の多くは、官能小説を「いやらしい」ものだと感じてるように思います。それは、もちろん正しい認識です。男女間(に限りませんが)のセックスや、それに伴う交流をいやらしく生々しく描くのが、官能小説のテーマなわけですから。
 
 恋愛小説や恋愛ドラマでは、性行為の描写がなされることはまずありません。前後の成り行きから考えるに、セックスしていない筈がないのですが、そのシーンはさりげなく端折るのが一般的です。二人きりでいい雰囲気になって、キスをして、ブラウスのボタンに指が掛かったところで、思わぬ邪魔が入ったり。(笑
 
 作者自身が作品の品位やトーンを保つために、その先を描きたくないというのもあるでしょう。また、商業作品の場合、過激な描写を入れることで年齢制限の必要が生まれ、マーケットを狭めてしまうデメリットを回避するという狙いもありそうです。執筆は創作活動でも、出版は商業活動ですから。
 
 官能小説は恋愛小説に比べて、本音で書かれているのはありそうです。恋愛小説は、街角で描かれる似顔絵書きの絵に似ていて、適度の美化がされていなくては、ウケが悪いのです。
 それに比べて、官能小説が対象とするのは、そのものズバリの本能的な快楽。ボーイズラブのように、美化が不可欠である分野もありますが、狭義の官能小説では、そのベクトルはほとんど意識されないのが普通です。
 
 
 描くべきテーマが人間の本能むき出しの行為であり、表現があからさまで下品であること。恋愛小説を書く方々が、官能小説書きを『下』に見てしまう原因は、やはりこれが大きいように思います。性は秘め事であるべき ── その社会通念を、官能小説作家は踏みにじっているのですから。
 
 しかし、この反社会性以外に、もうひとつ大きな理由がある筈だと私は考えます。私自身、これもアマチュアですが、過去に恋愛をメインテーマにした小説を書いたことがありますし、官能小説を書き始めたのは、ここ数年のことです。言うなれば、喫煙者と非喫煙者、両方の気持ちがわかるわけですね。(笑
 

 本音で語る官能小説の方が、タブー領域のある恋愛小説に比べて自由な表現ができる。確かにそうなのですが、不思議なことに書き手が自ら、不自由を選択してしまう場合も多々あります。恋愛小説側から見ると、官能小説は定型的・類型的な表現の羅列に見えるのです。
 
 それは、何故なのか? どうして官能小説は、いわゆる『ステロタイプ』になりがちなのか、次回の「官能小説について考える」は、その辺りを掘り下げてみることにします。
posted by 官能小説書きの道化師 at 16:17 | Comment(0) | TrackBack(0) | 官能小説について考える
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