道化師が描く、愛ある官能小説 >> 人妻官能小説 家庭内盗撮の妄想 

2006年01月29日

もう一度、黄金モスクへ……

 初めての海外旅行が、イスラエルでした。

 成田→モスクワ(空港から出れず)→ワルシャワ(半日観光)→テルアビブという経路で入国しました。

 テルアビブ空港では、同じツアーの一人が荷物の中身を問われ、「武器です」と冗談を言ったがために、2時間近く足止め。彼を待つ間、銃を肩から吊るした兵士たちが、ずっと辺りを巡回していました。

 イスラエル建国の父であるダビット・ベングリオンの墓に参りました。ネゲブの砂漠を見下ろす丘の上に、その墓はありました。

 ベングリオン大学を見学しました。夜、学長のホームパーティに招かれました。英悟が話せず聞き取れずで、とても悔しい思いをしました。アメリカから帰って来て、四分の一以下の収入で祖国のために砂漠の緑化の研究を続ける研究者のお話を、通訳してもらいながら聞き、涙を流しました。ワイズマン研究所にも伺いました。

 ベツレヘムで、キリストが生まれた馬小屋の跡に建てられたという、教会を訪れました。嘆きの壁で、切なる願いをつぶやき続ける、黒尽くめのオーソドックスたちを見ました。死海に浮かんで、観光ガイドを読んでみました。

 黄金モスクの壁際で、そこの空気に宿る精気に身を浸しているかのような、老人たちの姿を見ました。行く先々で「ワンダラー、ワンダラー(1$)」と、手作りの首飾りを売りつけようとする、やせ細った、しかし精神的には逞しい少年たちがいました。

 宿泊したエルサレム・ヒルトンのロビーで、セミプロらしき歌手の夫婦が歌う、イスラエルの歌をいくつか聞きました。その中に、後に映画「シンドラーのリスト」の主題歌になった「黄金のエルサレム」もありました。哀調を帯びたその歌声に、感動して泣きました。

 最後の夜に、テルアビブのホテルで、同室だった年下の男性が女を買いに行ったきり、朝まで戻ってきませんでした。いくじなしの私は、さんざ迷ったあげく、毛布を被って悶々としつつ寝てしまいました。

 あの日に帰れないのは、よくわかっています。でも、死ぬまでにもう一度だけ、エルサレムを訪れて、あの黄金モスクのひんやりとした床に腰を下ろし、日がな一日ぼんやりとしていたいです。私はユダヤ教徒ではありませんが、あの場には確かに特別な「気」が宿っていたと思います。

 遥かなるエルサレムを夢見て、明日からまた仕事です。(笑)
posted by 官能小説書きの道化師 at 00:00 | Comment(1) | TrackBack(0) | 道化師である私
この記事へのコメント
エルサレムですか。
私は、ユダヤ教でもなければ、イスラム教徒でもない、単なる(笑)カトリック教徒ですが、一度は行ってみたい場所ですね。

嘆きの壁を触ってみたい。どんな宗教の人でも、聖戦と称した偽りの戦争をし、残されたものの嘆きの壁に向かわせる。
それは神の嘆きなのでしょうか。

良くわかりませんが、神は時々罪無き人々をあの世に送る間引きや悪戯をするから、やはり神の嘆きではありますまいね、人の嘆きは、嘆きの中にいてこそ、深く感じることが出来る気がします。

初めての海外旅行は、イギリスでした。
霧がすごくてね。

モスクワに行ったときだったか、まだペレストロイカのゴルバチョフの時代ですよ。
にこりともしない憲兵に、たまたま飛行機が一緒だったフランス人が連れて行かれました。

幸い次の日には、なんの案内も無く丸一日遅れた次の便に乗れましたが・・・自由にものが言えないことの恐ろしさを、知りましたね。

すみません、無駄なおしゃべりをしました。


Posted by 寂寥 at 2008年06月25日 20:31
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